ピラーアレーンの合成・構造・機能化
正多角柱は優れた対称性の美しい構造体です。私たちは、正5,6角柱の新規環状分子(柱(ピラー)状構造であり芳香環(アレーン)からできている柱型環状分子を開発し、その分子を“ピラー[n]アレーン(nは繰り返し数))”と名付け、2008年に報告しました。私たちの報告以降、世界中の化学者よりピラー[n]アレーンは利用され、11年間でピラー[n]アレーンを用いた600報を超える論文が報告されています。
合成
私たちは、1,4-ジメトキシベンゼンとパラホルムアルデヒドとの反応において、1,2-ジクロロエタンを溶媒とした場合、5員環分子ピラー[5]アレーンが高収率で得られることを見出しました(図1a)。一般的に速度論的支配による環化反応では、環形成効率は極めて低いです。一方ピラー[5]アレーンでは、溶媒の1,2-ジクロロエタンが5員環形成のためのテンプレートとして働きます。そのため熱力学的支配で環化反応が進行し高収率でピラー[5]アレーンが得られました。合成の最適化により、安価な試薬から短時間(3分)で簡便な精製法(再結晶)により70%以上の高収率でピラー[5]アレーンを得ることができました。この簡便な合成法に基づき、2014年には試薬として販売され、世界中の化学者に利用される新たな鍵化合物となってきています。さらに私たちは、嵩高いクロロシクロヘキサンをテンプレート溶媒として用いると、6員環ピラー[6]アレーンが高収率で得られることも見出しました。
構造
一般にフェノールとアルデヒドを反応させると、メタ位でベンゼン環が連結した杯型カリックスアレーンが得られます。一方私たちが開発した環状分子は、パラ位でベンゼン環が連結していることから、柱型“Pillar”でした(図1b)。私たちは、構造有機化学の観点からも興味深い本柱型環状分子をピラー[n]アレーンと名付けました。
機能化
ピラー[n]アレーンの上下に配するメトキシ基は、BBr3を用いた脱保護反応により反応性の高いフェノール基へと変換できます。メトキシ基に対して過剰量のBBr3を反応させると、全てがフェノール基へと変換されたピラー[n]アレーンが得られました(図2)。一方BBr3の等量を調整すると、1つのみがフェノール基であるピラー[n]アレーンを合成することができました。2つ以上のフェノール基を有するピラー[n]アレーンを脱保護により合成した場合、多くのコンフォマーが形成されてしまい、合成は困難です。そこで私たちは、2つ以上のフェノール基を有するピラー[n]アレーンの新たな合成法として、ベンゼンユニットの酸化・還元反応により、1ユニットがフェノール基である2反応性ピラー[n]アレーンの合成に成功しました。フェノールの高い反応性を利用することで、様々な置換基を導入した機能性分子の開発が可能です。