新規Ca2+拮抗薬の創製

1.TRPC3選択的な阻害剤の創製

TRPチャネルは、生体の感応から適応まで幅広い生理機能を担っており、新しい創薬ターゲットとして着目されている。また、選択的な阻害剤は、医療への応用だけではなくTRPチャネルの生理機能解明のツールとしても有効であるため、その開発は急務である。
ピラゾール誘導体は、2000年頃に複数の製薬企業でのスクリーニングにより開発された化合物である。当研究室では、新規TRPCチャネル阻害剤であるピラゾール化合物、Pyr3を見出した(図1)。HEK293細胞に各TRPCチャネルを強制発現させ、TRPCチャネルを介したCa2+流入に対するPyr3の効果を評価したところ、Pyr3はTRPC3チャネル活性を阻害した (図2)。他のTRPCチャネルをPyr3は阻害せず、TRPM2、TRPM4、TRPM7チャネルに対しても影響を及ぼさなかった。また、Pyr3処置は小胞体からのCa2+放出、定常状態のCa2+濃度変化には影響しない。すなわち、Pyr3はTRPC3の選択的な阻害剤である。また、電気生理学的手法により、Pyr3は細胞内からはTRPC3を阻害することが出来ず、細胞の外側のみから阻害作用を示すことも確認した。

図-1 Pyr3の構造
図-1 Pyr3の構造
図-2 TRPCチャネルに対するPyr3の阻害効果
図-2 TRPCチャネルに対するPyr3の阻害効果
図3 心肥大に対するPyr3の効果
図3 心肥大に対するPyr3の効果

次に、心肥大に対するPyr3の効果についてラット新生児培養心筋細胞を用いて評価したところ、Pyr3は転写因子nuclear factor of activated T cells(NFAT)の核移行およびNFATルシフェラーゼの活性を濃度依存的に阻害した。また、Pyr3は、心肥大マーカーである脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide: BNP)産生、アクチン再構成、タンパク質合成など、その他のアンジオテンシンIIによる心肥大応答も阻害したことから、心肥大応答に対して著効を示した。さらに、マウスにおいて、大動脈狭窄(transverse aortic constriction: TAC)を1週間行い心肥大を惹起した後、Pyr3の阻害効果を検討した。1週間のTAC処置は心重量の増加など求心性心肥大を引き起こしたが、Pyr3はそれを抑制した(図3)。心肥大マーカーである心房性ナトリウム利尿ペプチド(atrial natriuretic polypeptide: ANP)の産生を評価したところ、心肥大により増加したANPの発現量がPyr3投与により抑制された。また、6週間TACを行い遠心性心肥大を惹起させたが、それに対してもPyr3を投与することでその心肥大応答が抑制された。Pyr3投与は心拍数や血圧などの心機能、体重および組織重量、生存率に影響を与えなかった。このように、Pyr3が求心性および遠心性心肥大を抑制する新しい心不全治療薬となる可能性が大である。

2.RyRを標的とした昆虫選択的殺虫剤の創製

図4 Flubendiamideの構造
図4 Flubendiamideの構造

ryanodine受容体(RyR)は小胞体膜に存在し、小胞体からのCa2+放出を担うCa2+チャネルである。例えば、筋収縮の際に必要なCa2+濃度上昇を担うことが知られている。RyRのアゴニストであるryanodineを含有する豆科植物根抽出物が殺虫剤として利用されたことから、RyRの農薬標的としての潜在性が長年示されてきたが、具体化はされなかった。近年、昆虫の筋収縮を引き起こすことで殺虫作用を示すflubendiamide(商品名: Phoenix)が日本農薬株式会社により開発された(図4)。Flubendiamideは、チョウ目昆虫を中心に選択的かつ速効的な防虫効果を示す。Flubendiamideを処置した昆虫は、虫体の持続的な体収縮、嘔吐、脱糞等、既存の殺虫剤とは明らかに異なる特徴的な症状を示す。

当研究室では、flubendiamideの各種RyRに対する選択性、および作用メカニズムを詳細に検討するために、チョウ目RyRの人工発現系の構築を行った。チョウ目昆虫のRyR遺伝子は明らかにされていなかったため、チョウ目モデル昆虫であるカイコからryanodine受容体(silkworm RyR: sRyR)の遺伝子クローニング行い、5084アミノ酸残基から構成される遺伝子配列を明らかにした。哺乳動物細胞株であるHEK293細胞にsRyRを一過的に発現させたところ、小胞体における発現を確認でき、RyRのアゴニストとして知られるcaffeineの処置により細胞内Ca2+濃度上昇が惹起された。HEK293細胞に発現させたsRyRに対するflubendiamideの効果は、小胞体から放出されたCa2+を蛍光性指示薬であるFura2を用いたCa2+イメージング法により検討し(図5)、10 nM以上のflubendiamideの処置によりsRyRが活性化し、50%有効濃度(EC50)値は17 nMであった。一方、sRyRを発現させていないHEK293細胞、ウサギ心臓由来のRyR2(rRyR2)を発現させた細胞においては、このような応答は見られず、flubendiamideの昆虫種RyRに対する選択的な作用を確認できた。本研究の結果、flubendiamideを中心とするbenzenedicarboxyamide誘導体の昆虫選択的なRyRに対する作用が明らかになった。Ca2+チャネル作用薬という観点からいえば、これらのbenzenecarboxyamide誘導体は新しいCa2+チャネル作用薬群として位置づけられ、Ca2+チャネル作用薬としての新たな基本骨格になり得る可能性を秘めている。

図5 各種RyRを強制発現させたHEK293細胞のflubendiamideに対する応答
図5 各種RyRを強制発現させたHEK293細胞のflubendiamideに対する応答