Transient Receptor Potential(TRP)チャネル

1.はじめに

生体の恒常性を維持するため、細胞は細胞内外の環境の化学的あるいは物理的な変化を感知し、自らを適応させる機能を備えている。この環境変化を感知する、形質膜越えのCa2+流入経路の制御機構の解明は最重要課題である。本Ca2+流入経路を形成するのは、酸化還元(レドックス)状態の変化等により直接的に、もしくは生理活性物質の受容体刺激により活性化されるTRPチャネルである。
TRPチャネルは、1989年にショウジョウバエTRP遺伝子が同定されて以来、我々を含むいくつかのグループにより莫大な機能的多様性を有するイオンチャネルファミリーを形成していることを明らかにしてきた。その中でも特にTRPチャネルの大きな生理的役割として、“センサー”、“トランスデューサー”、“足場”の機能が浮かび上がってきた(図1、2)。つまりTRPチャネルは、直接的に、あるいは受容体からのシグナルを介して間接的に、種々の生理活性物質により活性化され、環境変化を感知する“センサー”タンパク質として働く。また、セカンドメッセンジャーであるCa2+を流入させ、様々な生化学的反応を細胞中に引き起こし、細胞の適応応答を生じるシグナルトランスデューサーとしても働く。さらに、TRPチャネルは様々なタンパク質と相互作用することが明らかになり、現在ではシグナル伝達素子としてのみならず、自身のイオン流入を細胞内シグナルとして効率的に下流に伝える、シグナル複合体形成の“足場”としても働く。我々の研究室では、この3つの側面からTRPチャネルの生理学的意義を解明するべく研究を展開している。

図1 “センサー”タンパク質としての機能
図1 “センサー”タンパク質としての機能
図2 “足場”タンパク質としての機能
図2 “足場”タンパク質としての機能

2.TRPの単離と同定

図3 哺乳類のTRPチャネルの進化系統樹
図3 哺乳類のTRPチャネルの進化系統樹

trp遺伝子は1989年ショウジョウバエの光受容応答変異株の原因遺伝子として発見されたtrp変異株においては光受容器電位変化が一過性(transient)であることが命名の基になっている。trpがコードするタンパク質(TRP)は、カチオンチャネルを形成する。遺伝子解析の結果、図3に見られるように多くのTRPホモログが同定されており、TRPチャネルスーパーファミリーを形成している。TRPチャネルは、哺乳類においては少なくとも29種類の遺伝子と、6つのサブファミリーにより構成される。
TRP classic(canonical)(TRPC)ファミリーは、ショウジョウバエTRPと相同性が高く、チャネルの活性化はCa2+貯蔵部位(ストア)枯渇やホスホリパーゼC(PLC)の活性化と密接に関連している。直接作用する活性化因子としては、Ca2+やジアシルグリセロール(DG)が考えられている。TRP melastatin(TRPM)は、メラノーマ(悪性黒色腫)細胞の腫瘍の悪性度に反比例して発現量が減少するmelastatin-1(TRPM1)をきっかけとして見出されたファミリーである。TRPMファミリーは細胞の代謝、分化、増殖、細胞死の調節に重要な役割を果たしており、酸化ストレス、細胞内Ca2+濃度上昇、温度変化、pHの変化、機械刺激、浸透圧の変化等で活性化する。TRP vanilloid receptor(TRPV)ファミリーは唐辛子の辛み成分であるカプサイシンによって活性化するvanilloid receptor(TRPV1)を最初に見出されたファミリーである。TRPVファミリーは、一酸化窒素(NO)などの化学物質、温度上昇、pHの変化、機械刺激、浸透圧の変化などの物理・化学的な刺激で活性化される。TRP mucolipin(TRPML)は、4型ムコリピドーシスの原因遺伝子であるTRPML1をはじめとするファミリーである。細胞質内のリソソームの輸送やアポトーシス細胞のクリアランスに関わっており、ニコチン酸アデニンジヌクレオチドリン酸(NAADP)、細胞内Ca2+濃度上昇、酸等で活性化する。TRP polycystin(TRPP)ファミリーは、常染色体優性遺伝嚢胞腎(autosomal dominant polycystic kidney disease: ADPKD)の原因遺伝子の一つとして単離されたPKD2を含む。TRPP1とP2、TRPP2とV4、PKD1L3とTRPP3を共発現すると形質膜上で活性化し、繊毛での機械感受や舌での酸感受に関わっており、電位変化、細胞内Ca2+濃度、浸透圧の変化でも活性化される。TRP アンキリン(TRPA)は、N末端に多くのアンキリン(Ankyrin)リピート構造を持つ。哺乳類においては、現在のところTRPA1の1種類だけが同定されており、pH変化、温度変化、酸化ストレス、浸透圧、機械刺激等で活性化する。このようにTRPは、活性化機構が多岐にわたっているという点において、他のイオンチャネルファミリーの中では極めてユニークな存在となっている。

2-1.構造的な特徴

TRPの基本構造は、6回膜貫通領域を有すると考えられている(図4)。N末端、 C末端は細胞内に面しており、それぞれの末端部位には特徴的な構造が存在する。第1膜貫通領域の前のN末端細胞質内領域にはTRPC、V、Aにおいてはアンキリンリピート構造を有し、TRPMにおいては特徴的なTRPMホモロジー領域を有する。第6膜貫通領域のすぐ後のC末端細胞質内領域には“EWKFAR”という、いわゆるTRP-ボックスを含む25アミノ酸残基からなるTRPドメインが存在する。この配列は、TRPC、M、Vサブファミリーに見られるが他のサブファミリーには見られない。TRPC、MとVの一部には、TRPドメインC末端直後にTRP-ボックス2と呼ばれるプロリンリッチ配列が存在する。また、C末端部位には、TRPP、TRPMLの小胞体(ER)膜移行シグナル、TRPM2、M6やM7の酵素活性部位などの特徴的なドメインが見つけられている。

図4 TRPチャネルの細胞膜におけるトポロジー
図4 TRPチャネルの細胞膜におけるトポロジー
図5 TRPM2
図5 TRPM2
図6 TRPC3
図6 TRPC3

TRPチャネルにおける高解像度の構造解析は未だ達成されてはいないが、ポア領域は6回膜貫通型サブユニットタンパク質がホモあるいはヘテロ四量体を形成していると考えられている。最近、我々の研究グループではTRPチャネルの単粒子構造解析を進めており、その結果、TRPV1はバスケット状、C3やM2はベル状の構造を持っており、4回対称の四量体であることを明らかにした(図5、6)。特にTRPC3は、分子量から推察されるよりもかさ高く、密度の低い構造が見られることから、複数のシグナルタンパク質を集積するシグナル複合体の中心分子として働くために、広い表面積を有するのではないかと考えている。

2-2.機能的な特徴

TRPホモログは、多様な機能を示すチャネルである。近年の研究により、TRPは、細胞内外の様々かつ複合的な刺激によって活性化する“センサー”やシグナルを変換する“トランスデューサー”としての機能に留まらず、細胞膜付近に様々なタンパク質やシグナルを集積する“足場”タンパク質としての機能も併せ持つことが明らかになってきている。

2-3.“センサー”や“トランスデューサー”としての機能

図7 H2O2で活性化されるTRPM2
図7 H2O2で活性化されるTRPM2
図8 ROSで活性化されるTRPC5
図8 ROSで活性化されるTRPC5
図9 O2で活性化されるTRPA1
図9 O2で活性化されるTRPA1

先にも触れたように、TRPチャネルの活性化機構は多岐にわたっており、温度、機械刺激、浸透圧、痛み関連物質、フェロモン、酸・塩基、レドックスや刺激性化学物質など、様々な刺激で活性化される。そのため細胞内外の環境変化を感知し、細胞内シグナルに変換する、いわゆる“センサー”として働く。
我々の研究室では、特にTRPチャネルのレドックス感受性に着目して研究を展開しており、H2O2などのROSによってTRPM2が活性化されることを世界に先駆けて発見して以来(図7)、TRPC5が一酸化窒素(NO)によるシステイン残基のニトロシル化および酸化修飾によっても活性化されること(図8)、TRPA1が高O2においては、システイン残基を介した酸化修飾によって、低O2においては、N末端のアンキリンリピート内のプロリン水酸化の解除によって活性化されることを続けて報告している(図9)。それらは全てCa2+も流入させ、そのCa2+によって様々なCa2+依存性の生化学的反応が引き起こされ、細胞自身の大きな変化が生じる。

2-4.“足場”タンパク質としての機能

図10 TRPC3によるCa<sup>2+</sup>とDAGシグナル増幅
図10 TRPC3によるCa2+とDAGシグナル増幅

TRPは単なるカチオンやCa2+の流入経路として機能するだけでなく、他の酵素分子と機能的結合することでTRPチャネルを中心としたシグナル複合体を形成している。ショウジョウバエTRPは、inactivation no after potential D(INAD)という“足場”タンパク質と結合し、シグナル複合体の一部を担うことが古くから知られていた。近年、哺乳類においても、TRPチャネルのシグナル複合体形成に関わる相互作用が数多く報告されているホスホリパーゼC(PLC)、ホスホイノシトール3キナーゼ(PI3K)といった酵素から、homer、カベオリン-1、snapinなどの“足場”タンパク質、Na+/H+ exchanger regulating factor(NHERF)、カルモジュリン(CaM)などのモジュレーターやイノシトール 1,4,5-トリスリン酸(IP3)受容体、リアノジン受容体、sarco/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase(SERCA)などのERタンパク質にいたるまで、多岐にわたる分子がTRPチャネルを中心として集積し、多様なシグナル複合体を形成している。我々の研究室では、実際にTRPM2(図7)、TRPC5(図8)は”センサー”としての機能だけでなく、”足場”タンパクとしても機能することを見出しており、TRPC3(図10)と合わせてポジティブフィードバックによるシグナル増幅に関与していることを報告している。

3.おわりに

TRPチャネルの多くはCa2+を透過するが、透過したCa2+によって起こる細胞応答は、それぞれのTRPチャネルによって異なっている。それはTRPチャネルの”足場”としての役割により、シグナル分子のマイクロドメインが構成されている結果と考えられる。今後のTRPチャネルの研究はセンサー素子としてTRPチャネルの分子機構解明と共に、相互作用タンパク質やシグナル分子を含めた、チャネル分子複合体の機能解明が焦点となると考えている。また、近年盛んに行われている種々のタンパク質の構造解析は、複合体の構造と機能連関の全容解明を大きく前進させていくだろう。さらにこれらの総合的な研究の結果として、未解明な点の多いTRPチャネルの生理的役割の解明が期待される。細胞増殖・分化・生存・死を制御するチャネル群に選択的に作用する薬剤はなく、アレルギー、癌への臨床応用が期待されることから、本研究テーマの創薬上の重要性も強調したい。