森先生からのメッセージ

「生命」とは何か 自分自身に問いかける

「生命」とは何なのでしょうか?この難しい問いに答えるためには、生命を認識する自分自身に根源を求めるのが手かもしれません。私たちは自分自身を、自覚や意志に基づいて行動したり作用を他に及ぼしたりする主体として、周囲の事物から明らかに区別しています。自然科学が発達するにつれて、私達はヒト以外の生物にもますます自分自身と同様なものである見なすようになってきています。つまり、自律性や能動性をもち合わせた周囲環境とは「独立」したものが「生命」である、と私達は考えているといってもいいと思います。以上の点に加えて、さらに重要な性質を生物は有しています。それは、周りの環境変化を「感知」し、それに「適応」する能力です。生命も物質の集合体である以上は物理学や化学の法則に支配されますから、破綻をきたさないように「独立性」は与えられた環境に適合しなければなりません。こういった2面性(独立性と適応性)がまさに生物の本質ではないでしょうか。

「感知」と「適応」に関しては、様々な機構が全くことなった時間や空間の範囲で働いています。細胞が様々な物理学・化学的な刺激に反応するのは秒よりも速く、視細胞による光の感知などはその極端な例です。遅れて、分単位で遺伝子の転写が起き、タンパク質の合成を介した細胞の再構築により細胞や生体は適応することができます。遅い方には「進化」があります。遺伝子DNAが複製される際に生じる変異が遺伝子のコードするアミノ酸配列に変化を生じ、細胞あるいは生体の機能に変化を生じます。変化が、与えられた環境中で有利であれば、そのような変化をもたらす変異をもった細胞や生体が、何世代も経て一つの種の集団の中に広がっていきます。つまり、ここでは種が適応するわけです。私たちの研究室では、生物個体がもつ環境への感応と適応を支える機構を理解するために、その機構自体がさらに次の次元でどのように進化の中で最適化されているか(いわば適応の適応)を探ろうとしています。

私たちの体を構成する「細胞」は、周りの環境から独立した存在であるために、様々な道具を揃えています。またそれだけでなく、「細胞」は、外環境からの刺激を受け入れるための、数多くの用意も怠りません。言うまでもなく、「細胞」の中も周りも、無機イオンを含む水溶液です。細胞内のNa、K、CaやClイオン等の無機イオン細胞内濃度は、外環境のそれとは全く異なってますが、やはりこれも刺激によって変動しています。それを成立させるために活躍するのが、細胞を包む形質膜におけるイオンの「通り穴」であるイオンチャネル(ion channel)、無機イオンを含む様々な物質を輸送するトランスポーター(transporter:輸送体)、そして汲み出しポンプ(pump)です。

無機イオンの中でもカルシウムイオン(Ca2+)は、筋肉の収縮や神経伝達物質の放出等、様々な生体機能の引き金になります。また、Ca2+は細胞の増殖、生存や死といった、恒常性の側面においても、細胞を調節することが注目されています。刺激を受けてない細胞では、細胞内Ca2+濃度は、極めて低く抑えられています(数十ナノM)。ところがそれが、一旦刺激を受けると一気にマイクロM(10倍)まで跳ね上がります。この時のCa2+はどこからくるのでしょうか? 現在では、Ca2+チャネル(Ca2+を通す穴)を介して、細胞外から形質膜越えによって流入すると考えられています(細胞外Ca2+濃度は1-2ミリM)。Ca2+チャネルはとても多様です。細胞表面をつくる形質膜をはさんだ、電位差の変化によって開く電位依存性Ca2+チャネルや、糖成分イノシトールの代謝と関係して開く受容体活性化Ca2+チャネルといった、様々なものが存在します。

ところで、「活性酸素種」(Reactive oxygen species)という言葉を御存知ですか? これは、酸素を構成成分として含む、反応性に富んだ化学物質で、細胞の障害、破壊や死を仲介する、と一般には考えられています。最近注目されている、「抗酸化物質」は活性酸素種を中和して解毒するという有効性を発揮します。しかし、活性酸素種は、このような負の側面だけでなく、分化や増殖の面においても、重要性が指摘されています。このように、Ca2+のみならず、イノシトールとともに活性酸素種も2面性をもった生理活性物質です。

私たちのグループは、生物応答の本質に迫るべく、電位依存性Ca2+チャネル及び、受容体活性化TRPチャネルを具体的な研究対象として、イオンチャネルがどのように、遺伝情報としてコードされているか、を探究しています。さらには、生理活性物質や物理変化等の細胞外環境からの刺激によって、イオンチャネルがどのような機構で作動し、どのような生理、細胞機能を担っているかの解明を行っています。