ピラー[n]アレーン化学を構造有機化学の観点で
ピラー[n]アレーンは1,4-ジアルコキシベンゼンがメチレンを介して環状に連結した分子で、対称な柱構造をとるほか、斜め方向の置換基に由来して面不斉を示す点が特徴的です。ピラー[n]アレーンはホスト–ゲスト化学の文脈で扱われることが多いのですが、π共役系として分子構造や電子状態に着目して研究することで新しい側面を見出すことができました。
キラルな円筒分子
ピラー[n]アレーンは面不斉に由来して左右円偏光へ異なる応答(キラル光学特性)を示します。私たちは特に、強いキラル光学応答を与える分子骨格として高い注目を集める大環状分子である点、面不斉の揃った対称性の高い異性体のみを選択的に得られる点に着目しました。上下面が異なるキラル大環状分子系統を初めて合成したほか(ACIE 2022)、発光性π平面を環状に並べる(CS 2022)、超分子的に棒状のπ共役分子を組み合わせる(Aggregate 2024)といった多様なアプローチを用いて優れたキラル光学応答を示す系を開発しました。
面不斉の自発的整列に関する総説: K. Kato, S. Fa, T. Ogoshi, Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202308316.
非従来型ピラー[n]アレーンの開発:立体構造・電荷密度・発光性
これまでに報告されたピラー[n]アレーンの大半は、アルコキシ基で置換された化合物です。これらは容易に誘導化できる反面、(ハロアルカン中で発光しない欠点も含めて)電子物性が変化しない、機能ユニットを導入しても環本体と離れてしまってホスト機能との連動が弱いなどの弱点を持ちます。この状況を変えるには環本体への直接修飾が必要です。
私たちは環本体に(多数の)芳香族置換基を連結するアプローチで未開拓の分子群を合成し、立体構造や物性が大きく変わることを見出しました。両縁すべての修飾位置にベンゾフランを連結すると、面不斉の異なる異性体の組が出現するほか、柱構造がつぶれた複数の配座を相互変換することが分かりました(JACS 2023)。通常のアルコキシ型ピラー[n]アレーンは「立体反発のため」面不斉の揃った柱構造が安定になると言われていましたが、この挙動は立体反発に加えてCH/Oなどの相互作用のバランスが重要であると示しています。より嵩高いフェニル基を連結すると、規則的な柱構造となり、今度こそ縁近傍での立体反発が分子の形を決める主因と考えられました(CS 2024)。
アルコキシ基を芳香環に置き換えた上記の分子群は、アルコキシ型化合物で見られなかった発光性を示します。ピラー[n]アレーンの形状選択的なホスト機能と発光特性を緊密に連動させることができると、化学センサとして機能します。私たちは二重発光性のユニットを環本体に直結させた分子を合成し、実際にn-ヘキサン選択的に発光が変わる挙動を見出しました(BCSJ 2024)。