研究概要

本領域の目的

 有機合成化学は生物活性物質や機能性材料などの合成を通じ医学・薬学・材料科学等の広範な分野に大きく貢献してきたが、高度の活性や機能を発揮する有機分子の構築において依然として合成法が研究遂行上の律速となっていることも否めない。合成化学をさらに発展させ時代の要請に即応させるためには、今までに蓄積された莫大な知識に立脚し、より効率的なものへと再構築するとともに、新しい視点や斬新な手法を導入し、新たな高みへと飛躍する必要がある。本領域の目的は、時間的・空間的な反応集積化に着目し、短寿命活性種制御という特長を活かして従来達成困難であった分子変換法の構築を目指すとともに、実際の生物活性物質合成や機能性物質合成への展開を通じて実践的合成法に成熟させることである。

本領域の内容

 本領域で提唱する反応集積化の合成化学とは、複数の化学反応を時間的・空間的に結合させて新しい直截的かつ効率的分子変換法を組立て、それらを利用して各種生物活性や機能をもった有機分子を精密かつ迅速に合成する化学である。本領域研究では、短寿命活性種制御という反応集積化の特長を最大限に生かし、従来達成困難であった各種分子変換法を構築する(A01班)とともに、実際の生物活性物質合成(A02班)ならびに機能性物質合成(A03班)への展開を通じて実践的合成法として活用できることを明らかにする。

期待される成果

 本領域研究により、中間生成物の分離・精製が不要となるなど有機合成を飛躍的に迅速化・効率化できるだけでなく、時間的・空間的反応集積化の特長を活かして短寿命活性種を分解する前に利用でき、それらを活用する新規で直截的な分子変換が実現できる。このような研究成果は、有機合成化学の学術水準の飛躍的向上・強化に繋がるだけでなく、新物質創成を通じて医学・薬学・材料科学等の広範な分野に大きく貢献できると期待される。

はじめに

 有機合成化学は、生物活性物質や医薬、電気・磁気・光などに関連する各種機能性材料など様々な分子の合成を通じ、医学・薬学・材料科学等の広範な分野に貢献するミッションを持った学術分野です。これまで、合成化学は一つの分子から他の分子への変換を精密に行い、望む生成物を得る「反応の開発」を駆動力とし大きく発展してきました。これらの進歩により合成化学は物質の関わる科学技術分野の発展に大きく貢献してきました。
 しかし、新規生物活性物質や機能性材料の研究において依然として合成が律速となっていることも否めません。活性や機能評価が極めて迅速に実施されるようになったのに対して、合成の時間的効率はまだまだ低いのが現状です。生物の中では多種多様な化学反応がお互いに連携しながら整然と秩序をもって行われ、必要な物質が必要な時に必要な量だけ効率よく生産されています。このような観点からは、合成化学はまだまだ初歩的な段階にあると言わざるをえません。今世紀に入り、医薬や機能性材料など、高度の薬理活性や分子機能を発揮する多彩な有機分子の迅速な創成がますます要求されるようになりました。今後、科学技術の様々な分野で必要とされる多種多様な分子を精密かつ迅速に合成するためには、個々の研究者が別々に優れた個別反応の開発に力を注ぐだけでは対応困難であり、全体を俯瞰した上での統合化と集積化の取組みが必要となります。
 このような時代の要請にこたえ、新しい活性や機能性をもった分子の創成を真にリードするためには、今までに蓄積された莫大な知識に基づいて合成化学を再構築するとともに、新しい視点や斬新な手法を導入し、新たな高みへと飛躍する必要があります。このような背景から、新学術領域研究「反応集積化の合成化学」が平成21年度からスタートしました。

反応集積化とは

 本領域研究で提唱する反応集積化の合成化学とは、複数の化学反応を時間的・空間的に結合させて新しい直截的かつ効率的分子変換法を組立て、それらを利用して各種生物活性や機能性をもった有機分子を精密かつ迅速に合成する化学です。
 集積化の方法は、同一時空間反応集積、時間的反応集積、空間的反応集積に分類できます。
 同一時空間反応集積化とは、同じ反応器内で同時に複数の反応を協奏的に行うものです。ドミノ反応やタンデム反応などがあげられます。最初にすべての基質や、反応剤、触媒などを入れておくのが特長です。

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同一時空間反応集積化

 時間的反応集積化とは、同じ反応器内で複数の反応を時間軸にそって逐次的に行うものです。ワンポット逐次合成などがあげられます。途中で次の基質や反応剤、触媒などを加えることができるのが特長です。

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時間的反応集積化

 空間的反応集積化とは、複数の反応器を空間的に配置し、それぞれの反応器で同時に別々の反応を行うものです。多くはフロー型反応器を用います。時間的集積化の場合の時間が空間に置き換わっています。基質分子は流れにそって移動し、その間にいくつかの反応を行います。1つの基質分子から見れば時間軸にそって異なる反応が逐次的に起こっています。しかし、反応系全体を見ると、同時に異なる反応が空間的に異なる場所で進行しています。このような空間的反応集積化においても、フロー系の途中で次の基質や反応剤、触媒などを加えることができます。A. J. Bard はその著書 Integrated Chemical Systems (Wiley, 1994) において、Integrated Chemical Synthesizer というフロー系による化学合成を提案・予言していますが、それが今世紀になり、現実のものとして化学合成に広く利用できるようになってきました。

空間的反応集積化.png

空間的反応集積化

反応集積化における時間・空間とは

 反応集積化における時間や空間はどのレベルのものを対象とするのでしょうか。本領域研究での反応集積化における空間とは、分子レベルの空間ではなく、反応器がつくる空間を意味します。大きさは、マイクロメートル(マイクロリアクター)からメートルオーダー(工場での反応器)です。また、時間も1分子が反応するようなフェムト秒やピコ秒といった時間ではなく反応器の中の分子集団全体が反応する時間を意味し、ミリ秒から時間のオーダーです。

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反応集積化のための課題

 反応を集積化することは一見簡単に思われますが、実際はなかなか容易ではありません。同一時空間集積化ではすべての反応が互いに連携して、しかも互いに悪影響を及ぼすことなく進行しなければなりません。時間的集積化や空間的集積化では、前の反応で用いた反応剤や触媒などが後の反応に影響を与えないように反応系を組む必要があります。溶媒も基本的にはすべての反応について同じ溶媒を用いる必要があります。途中で溶媒を置換することはなかなか困難です。このような観点から積極的研究を行った数少ない先駆的な例として大寺・折田らのインテグレーテッドケミカルプロセス(Angew. Chem. Int. Ed. 1999, 38, 2267) があげられます。

短寿命活性種と反応集積化

 反応集積化は、単に中間生成物の分離・精製を省き合成全体の効率化・高速化をはかるという利点がありますが、特長はそれだけではありません。反応集積化により、短寿命活性種を分解させることなく別の活性種に変換することが可能になるので、短寿命活性種を利用した新規な分子変換が可能になります。そのような分子変換は今まで実現困難なものであり、合成効率を飛躍的に高めることが期待できます。
 同一時空間集積化では、生成した活性種をすぐに系中の基質や反応剤と反応させることができるので、フリーラジカルのような極めて寿命の短い活性種を利用することができます。しかし、反応の順序や最終生成物は用いる基質や反応剤によって自ずと決まってしまい、反応設計の自由度はあまり高くありません。これに対して、時間的反応集積化では、後から逐次的に反応剤等を加えることができるので、反応設計の自由度は高くなります。しかし、バッチ型反応器を用いると1つの反応剤を加えてから次の反応剤を加えるまでに時間がかかります。非常に小さな反応器を使っても1秒以下でこのような操作を行うことは現実的に不可能です。したがって、寿命の短い活性種を利用することができません。それに対して空間的集積化では、フロー系で反応を行うので、反応剤を非常に短い時間間隔で加えていくことが可能になります。最近のマイクロフロー系では滞留時間をミリ秒オーダーにすることが可能であり、寿命が秒以下の活性種でも分解させることなく反応に利用できます。マイクロフロー系で行う高活性な不安定活性種を活用する高速化学合成をとくに Flash Chemistry と呼んでいます。 (Flash Chemistry: Fast Chemical Synthesis by Using Microreactors, Yoshida, J.; Nagaki, A.; Yamada, T. Chem. Eur. J. 2008, 14, 7450-7459 (Concepts), Yoshida, J. Flash Chemistry. Fast Organic Synthesis in Microsystems, Wiley-Blackwell, 2008)

反応集積化.png
Flash Chemistry.png

 このような各集積化法の特長を生かして、短寿命活性種を活用した合成法を開拓し、生物活性物質や機能性物質の実践的合成へと適用するのが本領域研究の目的です。

反応集積化による合成の実例

同一時空間反応集積化の実例:ザラゴジン酸の自在全合成

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同一時空間反応集積化の実例:巨大共役π電子系の構築

実例2.png

時間的反応集積化の例:ワンポット逐次型カチオン性3成分カップリング反応

実例3.png

空間的反応集積化の実例:不安定有機リチウム種の反応

実例4.png

添付ファイル: file実例4.png 598件 [詳細] file実例3.png 556件 [詳細] file実例2.png 572件 [詳細] file実例1.png 590件 [詳細] fileFlash Chemistry.png 583件 [詳細] file反応集積化.png 585件 [詳細] file時間と空間.png 541件 [詳細] file空間的反応集積化.png 599件 [詳細] file時間的反応集積化.png 583件 [詳細] file同一時空間反応集積化.png 616件 [詳細]

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