生物の体内では、タンパク質の寿命は厳密に制御されており、常にその生産・分解が繰り返されています。一方でガンなどの疾病では、通常は抑制されている特定のタンパク質の発現が何らかの刺激で誘導され、細胞の形態や性質を変化させる事が分かっており、これらのタンパク質は薬剤標的となったり、疾病マーカーとして診断の対象となりしかし殆どのタンパク質には目印がないため、何らかの工夫無しには、無数にあるタンパク質の中で標的だけを検出する事は不可能です。このような背景のもと、今そこに発現しているタンパク質を「時空間的に」見る技術に注目が集まっています。これには、標的分子の量や活性に応じて検出シグナルをスイッチングする戦略が有効です。これまでに、ある特定の分子を認識してシグナル変化を誘起する、様々な人工スイッチングプローブが報告され、その都度、新たな生命現象の解明に貢献してきました。例えばRoger Tsienらが報告したCa2+プローブなどが好例です。このプローブはCa2+を認識して蛍光シグナル(波長や強度)を変化させることで、細胞内のCa2+の量をリアルタイムに検出する事ができ、この開発により細胞内のセカンドメッセンジャーとしてのCa2+の役割を明確に示す事につながりました。一方、「天然のタンパク質」を標的にしたスイッチング原理は、未だ一般性の高いものは皆無に等しく、発展途上の分野であると言えます。このような背景のもと我々は2009年に、天然のタンパク質に応答して劇的なシグナル回復を生み出す、新たな自己集合性超分子会合体を開発しました。
我々は、天然タンパク質のラベル化法開発の過程で、下記に示す興味深い現象を発見しました。用いたのは、タンパク質に認識される、比較的親水的な小分子リガンドと、検出に利用する比較的疎水的な19F-NMRプローブで構成される小分子化合物です。その両親媒性構造から、水中で自己集合する事でnm~μmオーダーの球状の会合体を形成します(AFMやTEMなどの顕微鏡でその構造を確認)。この見かけの分子量は会合体のサイズから10万kDaにも及び、この分子量の大きさ故に19F-NMRシグナルをほとんど発しません。一方、リガンド分子を認識する標的タンパク質を添加すると、リガンド認識に伴って会合体がモノマー分散し、見かけの分子量が標的タンパク質に依存するために劇的に減少します。この大幅な分子量の減少によってシグナルが明確に現れます(図1)。このオフオンスイッチングは、NMRのシグナル変化なので、MRIにより画像化することも出来ました。さらにこの原理は、タンパク質のリガンド部分を変更する事で、様々なタンパク質にも展開できうる事が明らかとなり、一般性の高い「天然タンパク質の量、活性を検出するオフオンプローブ」原理であることが分かりました。また、標的タンパク質とリガンドとの特異的な相互作用をもとにしているため、赤血球に内在する炭酸脱水酵素(hCA)をも、特異的に19F-MRIでイメージングすることが出来ました。最近では、天然酵素の基質を親水性部位として用いることで、その酵素活性をリアルタイムにOff/On検出、イメージングする事にも成功しています。
本プローブは、用いるタンパク質リガンドの親水性と、検出する19Fプローブの疎水性によるユニークな自己集合特性によってタンパク質をOff/On検出できます。言い換えれば、リガンドの親水性が無い場合、あるいは19Fプローブの感度向上のために19F原子を単純に増やす事によって、会合しなかったり、会合がほどけないという問題も併せ持っています。この問題を解決する手段として、このプローブのリンカー部分の構造を改変する事で、分子全体の親水・疎水バランスを制御する事に成功しています。これにより、かなり親水的なリガンド分子を認識するタンパク質の検出や、19F原子を分子内に12個持つ分子による高感度化にも成功しています。
超分子MRIプローブの検出原理は、そのまま蛍光プローブへも展開されました。一般に蛍光色素は、分子の会合状態で蛍光特性を変化させるため、本系のそのまま疎水性色素を当てはめる事にしました。19F分子に代わって疎水性のBODIPYと呼ばれる色素を導入した化合物の場合、水中の吸収スペクトルが顕著に長波長化されており、蛍光を殆ど発しませんが、この状態にタンパク質を添加すると、吸収の長波長化が解消されると同時に蛍光が回復します。その蛍光回復は約40倍であり、目視で分かる大きな蛍光変化です。このプローブも同様にAFMなどによって約100 nmの球状会合体を形成している事が明らかとなり、認識駆動による会合・解離戦略が、モダリティーにとらわれない一般性を有する事が実証されました。
蛍光イメージングは19F-MRイメージングと比べて格段に空間分解能が高く、1細胞レベルでのタンパク質検出が可能となります。事実、我々は種々の検討の結果、ガン細胞に過剰発現するバイオマーカーである葉酸受容体のオフオンイメージングを、1細胞レベルで実現する事に成功しています。また、可逆的に応答するこの超分子ナノ構造体を用いて、ガンマーカー酵素の阻害剤アッセイを生きた細胞上でそのまま実施することにも成功しました。 このような動的な自己集合性ナノプローブは、今後細胞表層から細胞内部、組織から個体内へとさらなる応用が期待されます。近年目覚ましい発展を遂げている、質量分析などを駆使したオーミクス研究とは異なり、タンパク質活性に対して「可逆」に応答するナノ材料は、「動的」「生的」であることが特徴的です。目的のタンパク質の「量」や「活性・機能」を時空間的に解析することで、複雑でダイナミックな生物システムをより厳密に理解、診断、制御できる新たなナノ材料への展開が期待されます。
References