電位依存性Ca2+チャネル

1.はじめに

Hodgkin-Huxley以来の神経情報を分解・還元する試みにより、細胞信号伝達機構の最小単位であるイオンチャネル分子が明らかにされてきた。しかしながら、細胞においてイオンチャネルが担う情報は、チャネルタンパク質分子が生じるシグナルの単純な積算では説明できない。研究対象としてきた電位依存性Ca2+チャネル(voltage-dependent calcium channel: VDCC)にしても、無秩序、ランダムに細胞膜上に配列されているのではない。実際には、他のタンパク性因子との複合体形成により、神経終末や神経軸索起始部分における精密なサブセルラーミクロ構造(subcellular microdomain)を構築していると考えられる。そこは、シグナルが統合・変換され、ホルモン/神経伝達物質の放出、活動電位発生などの細胞応答が発現の「場」として働く、神経細胞の情報処理の単位であると考えられる。即ち、神経細胞におけるVDCCを含むサブセルラー構造の追究は、生物学的意義解明に直結する最重要課題の一つである。

2. 構造と分類

VDCCは、生体膜電位の変化に応じてイオン透過孔の開閉を調節し、選択的にCa2+を透過させる。高電位活性化型と低電位活性化型の2つのVDCCに分類されている。高電位活性化型のVDCCは、α1、α2/δ、βおよびγサブユニットから構成されている(図1)。α1サブユニットは、およそ2,000アミノ酸残基からなる膜タンパク質であり、6回膜貫通領域(S1-S6)の構造単位が4回繰り返す構造を有している。各構造単位のS5とS6領域がCa2+を選択的に透過させるポア領域を、S1-S4領域は電位センサー領域を形成する。α1サブユニットには10種類のアイソフォームが存在し、高電位活性化型にはL型を構成する4種類のCaV1(CaV1.1-CaV1.4)、P/Q、N及びR型を構成する3種類のCaV2(CaV2.1-CaV2.3)、低電位活性化型にはT型を構成する3種類のCaV3(CaV3.1-CaV3.3)の3つのサブファミリーに分類されている。また、α2/δ、βおよびγサブユニットは、α1サブユニットの発現調節、機能調節や細胞内局在に重要であり、複数の遺伝子によってコードされている。特に細胞質側からのα1サブユニットに会合するβサブユニットはVDCCの活性に必要不可欠なサブユニットであり、α1サブユニットの小胞体からの形質膜への輸送に重要である。

図1 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルの分子構成と進化系統樹
図1 電位依存性Ca2+チャネルの分子構成と進化系統樹

3. 神経伝達におけるVDCCの役割

神経細胞のプレシナプスのアクティブゾーンにおいて、VDCCは神経伝達物質の放出を制御するシグナル複合体を形成している。活動電位がプレシナプスに達すると、Ca2+依存的にシナプス小胞が細胞膜に融合し、神経伝達物質が放出される。プレシナプスにおいて、VDCCは活動電位をCa2+流入に変換する役割を担っており、N、P/Q、R型などのVDCCが協調して働いている。効率的に神経伝達物質放出を惹起するために、プレシナプスのVDCCが形成する巨大なシグナル複合体は、Ca2+依存的にシナプス小胞の放出を制御する中心分子であるSNAREタンパク質とともに、足場タンパク質であるRab3-interacting molecule(RIM)、CAST、Munc13、Bassoon、Piccoloなどを介してアクティブゾーンに集積していると考えられている。VDCCがアクティブゾーンタンパク質と相互作用し機能修飾されている例も報告されている。例えば、SNAREタンパク質の1つであるsyntaxinはN、P/Q型のα1サブユニットのII-IIIリンカーを介して相互作用し、チャネルの不活性状態を安定化させることでチャネル活性を抑制することが報告されている。このように、アクティブゾーンのタンパク質がVDCCを中心として共役することにより、効率的な神経伝達物質放出やシナプス可塑性が実現されている。

4. VDCCと相互作用するタンパク質の探索

イオンチャネルにおけるサブセルラーレベルのシグナル制御の追究に向けて、VDCCと相互作用するタンパク質の探索を進めている。その中で、VDCCの活性に必要不可欠なβサブユニットとプレシナプス足場タンパク質RIMファミリーが、相互作用することを見出した。RIMファミリーのうち、α型のRIM1(RIM1α)は、プレシナプスアクティブゾーンの足場タンパク質として知られており、RIM1αはシナプス小胞タンパク質Rab3と結合することから、シナプス小胞とVDCCをつなぐ分子であると予想された。神経様細胞であるPC12細胞を用いて評価したところ、RIM1αを過剰発現させると細胞膜と接した小胞の数が増加し、逆にRIM1αとβサブユニットの結合を阻害することで、細胞膜に接した小胞の数が減少した。この結果から、RIM1αが形質膜上のVDCCシナプス小胞を近接させていることが示唆された。また、電気生理学的手法を用いた解析により、RIM1αはVDCCの不活性化を著しく遅らせることで、Ca2+流入を増加させることも明らかにした。
一方、RIMファミリーのうち短いγ型しか存在しないRIM3やRIM4は、Rab3結合領域を持たず生理機能は謎であった。γ-RIMをPC12細胞に過剰発現させると、小胞の細胞膜直下への局在を阻害した。このことは、VDCC近傍へのシナプス小胞の局在は、α-RIMとγ-RIMが競合的にVDCCのβサブユニットとの複合体を形成することによって制御されていることを示唆している。加えて、α型と同様にγ型RIMはVDCCの不活性化を著しく遅らせることが、電気生理学的手法により明らかにされた。以上のことから、VDCCのβサブユニットとγ-RIMが相互作用している際には、シナプス小胞はVDCCから離れているが、α-RIMと相互作用するとシナプス小胞がVDCCの近傍につなぎとめられ、神経伝達物質放出が起こると考えられる(図2)。アクティブゾーンにはRIM以外にも数多くの構成因子が存在しており、巨大なシグナル複合体の中でVDCCを介したCa2+シグナルとどのように相互作用することにより、活動電位を神経伝達物質の放出へと変換されるかが明らかになるであろう。まさに、記憶のメカニズムの理解への重要な道筋となる研究である。

図2 神経伝達物質放出におけるα-RIMとγ-RIMによるCa<sup>2+</sup>流入の制御
図2 神経伝達物質放出におけるα-RIMとγ-RIMによるCa2+流入の制御