Research

多孔性金属錯体 (PCP/MOF)

金属錯体ナノ空間内での高分子化学


多孔性金属錯体

固体内部に均一な小さな細孔(チャンネル)を持つ化合物は、一般的に多孔性材料と呼ばれている。これらは,さまざまな場所や目的に用いられる非常に重要な機能性物質群である.既存材料のゼオライトや活性炭は,石油化学工業における触媒、分離材料,水道水の浄化・脱臭剤として使用されており,もはや多孔性材料なしに現代の生活は成り立たないといっても過言ではない.これまで多孔性材料の研究は,ゼオライトなどの無機固体や活性炭をはじめとする炭素材料が主であった。従来の細孔物質は,それぞれに優れた分離,吸蔵,吸着,排出といった細孔機能をもっているが,微細な細孔の制御が困難であるため,たとえば,複数の細孔機能を共存させた高機能かつ多機能な細孔材料の研究開発を阻む一因となっている.

分子設計に配位結合を精密に取り入れることで,無限・有限(結晶・溶液)構造を問わず,非常に複雑な構造体の構築や高次機能の発現が可能となってきた.とくに金属錯体の活用により,有機化合物と無機化合物の境界を超えた新概念の物質群の創出(多孔性材料,ナノカプセルなど)や,従来法では合成困難なメゾスケール物質群(2~50 nm程度)の精密構築も可能となりつつある.この点で「配位高分子(とくに使用可能なナノサイズの空間をもつ多孔性配位高分子,porous coordination polymer; PCP)または有機-金属骨格体(Metal organic Framework; MOF)」は新しい材料として注目されている。この物質群の利用により,分子やイオンの選択貯蔵,徐放,隔離,輸送,分離,ナノ合成容器,さらには触媒やセンサーなど多岐に渡る用途が検討されている.

いまや我々は様々な材料を手にしている。これを用いて精密に細孔構造を制御して,2nm以下の細孔をもつマイクロ孔材料や2~50nmのメソサイズの細孔をもつメソ孔材料を合成することで,エネルギー,環境,生体にかかわる気体(水素,二酸化炭素,メタン,酸素,窒素など)やそのほかの低分子物質の大量かつ安全貯蔵,低エネルギー分離などに革新をもたらすものと期待されている.さらにこの物質のナノサイズの細孔にさまざまな機能分子(磁性や双極性分子など)を吸着させて,ワイヤー,ラダー,クラスター状集合構造を構築できる.その集合状態から従来のバルク分子集団では見られなかった特異な化学や物理機能が探索できる.側壁に活性点となる部位を導入することで,ゲスト分子はミクロ孔内の器壁と強く相互作用し,分子の選択的吸着や,場合によっては変形・分解が起こる.これにより,新規な触媒反応や高分子合成などの「ナノサイズ反応容器」としての利用も進展している.空間の化学で実現する成果は基礎研究として革新的であるだけでなく、環境問題やエネルギー問題を解決し、人類の健全な暮らしに貢献する次世代の物質およびその合成技術を獲得するものと考えている。たとえば低圧力条件でガスを貯蔵する技術は、危険なガスを貯蔵し安全に輸送するために必要であり、ここ5年の間に開発しなければならない急務なものである。加えて、大気から汚染物質を取り除いたり、石油から不純物を取り除いたりする際のエネルギー消費量を低減させ、効率的に分離する技術の開発も同様に急務である(例えば日本の化学産業は、分離の操作に、全体のエネルギーの50%を消費している)。これらの急務な問題に対して空間の化学は大きな貢献をするものと考えられる。そして、10年から15年後には本化学で得られる成果から、現在では夢物語が現実になることも期待できよう。たとえば、蒸留という分離手法が新材料を用いた操作にとってかわり、化学工業で必要な巨大な蒸留塔が世界中の工場から消えるかもしれない。

今後,細孔物質および細孔機能の統合という新概念のもと,化学・物理・生命科学における0.1 nm(1Å)~100 nm という広範な空間領域を意識しつつ,分離,吸着といった単独の細孔機能の複合化を行い,さらにその機能発現の場や環境を強く視野に入れた,新たな環境調和や環境応答型多孔性機能の創出を試みようとしている.細孔の制御が可能な物質を統合・融合させ,さまざまな細孔機能を併せもつ新たな細孔材料の実用化が進むと,前で述べた大気中の汚染物質を効率的に除去する」,「より少ないエネルギーで工業原料から不純物を分離し微量成分の抽出を同時に行う」,「危険なガスを貯蔵し安全に輸送する」といったことが可能になると考えられる.

 


金属錯体ナノ空間内での高分子化学

人類の発展に大きく寄与してきた高分子材料の研究は、長年にわたる化学の主要テーマであるが、高効率化・高機能化が求められる21世紀には、ナノレベルで随意に高分子の精密な一次構造制御や高次元集積ができる技術の開発が望まれている。しかし、通常、高分子材料を合成するときはフラスコや反応釜といったマクロな反応容器を用いるので、得られる高分子鎖はバルク状態で必然的に絡み合ってしまい、ナノレベルでの構造や集積の制御は困難である。これに対して、ナノスケールの均一な空間を用意して、それをナノサイズの重合容器として用いることができれば、空間を構築する壁が重合反応に大きな影響を及ぼし、高分子の一次構造や集積状態の制御を行うことが可能になる。このようなコンセプトのもと、様々な特徴を持ったナノ空間材料(ゼオライト、粘土鉱物、有機ホストなど)を重合反応場として利用する試みが盛んに行われてきた。しかし、近年の高分子材料の発展と多様性を考えたとき、ナノ空間の持つ情報(つまり空間のサイズ、形状、表面機能性など)を自在に設計することができれば、色々な種類の高分子を目的に応じた構造、集積様式で得るシステムができるはずである。

 近年、有機配位子と金属イオンとの自己集合反応により均一なナノ細孔をもつ多孔性金属錯体の研究が盛んに行われるようになってきた。多孔性金属錯体は従来の細孔性材料(ゼオライト、活性炭)では実現しにくい「細孔サイズ、形状の合理的設計」、「細孔表面の機能化・修飾が可能」、「高い規則性」、「柔軟で動的な骨格」を特徴として有する。つまり、ナノレベル(分子レベル)で精密な情報を有する機能性空間を自ら設計、構築できるところに大きな意義がある。このような多孔性金属錯体のナノ細孔は高分子鎖がちょうど一本から数本で包接される程度の大きさであり、高分子合成の場として利用すれば、得られる高分子の反応位置、立体規則性、分子量の制御が可能になるだけではなく、高分子鎖の配列や高次構造が精密に制御された新たな有機無機ナノ複合体を構築できる。我々はこのような機能性ナノ空間を用いることで、従来法では不可能であった新規構造高分子の合成や革新的な重合制御法の開発に成功した。また、高分子単分子鎖から数本鎖程度の超低次元集積体が示す特異な挙動や物性(運動性、伝導性、誘電性、光機能など)も発見した。