Protein Sensing Grでは、2つの目標にむかった研究をおこなっています。1つ目は、生体において重要な役割を果たしているリン酸アニオン誘導体の機能解明を目指した分子ツールの開発。2つ目は、生体機能において重要な役割を果たしているタンパク質の機能解明を目指したタンパク質標識システムの開発です。この2つの目標に対して、私たちは分子認識化学を基盤として、研究を展開していっています。
生体機能の調整において、タンパク質の翻訳後修飾であるリン酸化・脱リン酸化(図1)は極めて重要な役割を果たしています。私たちのグループでは、リン酸アニオン誘導体の認識にDpa/Znの金属配位子相互作用(配位化学)を利用することを見いだし、リン酸アニオンを選択的に認識し蛍光センシングすることに世界で初めて成功しました(図2)。このリン酸アニオンの蛍光センシング能を利用することで、リン酸化タンパク質の蛍光検出(図3 ・図4・図6)や脱リン酸化酵素反応のリアルタイム蛍光モニタリング(図5)などに成功しています。
タンパク質の翻訳後修飾であるリン酸化には、タンパク質表面の複数の残基がリン酸化される多点リン酸化(ハイパーリン酸化)という現象がみられます。私たちは、このような多点リン酸化タンパク質の認識を、リン酸化部位間の距離による配列選択能を付与することで、多点リン酸化タンパク質の検出にも成功している(図2)。その1例として、アルツハイマー病発症に関与する異常リン酸化タウタンパク質を選択的に認識し蛍光センシングすることにも成功しています(図7、8)。
その他の多点リン酸化タンパク質へのアプローチとして、リン酸化部位を認識するドメインの1つであるWWドメインと、私たちの開発したセンサーユニットをハイブリッドさせることで、天然のリン酸化タンパク質認識ドメインのもつ認識能を利用したハイブリッド型バイオセンサーの開発にも成功している(図9)。
タンパク質のリン酸化・脱リン酸化以外にも、ATPなどのリン酸誘導体はエネルギー源やシグナル伝達物質として重要です(図10)。私たちは、そのようなリン酸誘導体に対してもDpa/Znの金属配位子相互作用(配位化学)を利用する蛍光センサー分子の開発を行ってきています。実際に、これまでに様々な蛍光特性を有するセンサー分子を開発してきました。中でも、アクリジン(図11,12)やキサンテン(図13,14)を蛍光団として利用したセンサーは、リン酸誘導体の認識に伴い大きく蛍光波長変化や蛍光強度変化を示すといった特異な蛍光検出メカニズムを発見できています。これらの蛍光センサー分子を用いることで、リン酸誘導体が関与する重要な酵素反応の1つである、糖転移酵素のリアルタイムでの酵素活性の評価(図12)や、細胞内に存在するATP顆粒の可視化(図14)などに成功しています。
多様化するタンパク質研究において、蛍光プローブやアフィニティタグなどの機能性分子をタンパク質に部位特異的に標識する手法の開発は必要不可欠である。タンパク質を特異的に標識可能になることで、生体機能の解明、病態・疾病の発症機能解析や、新しい治療薬開発への応用へとつながる。一方で、タンパク質を対象とした修飾・機能改変をおこなう際に使用可能な手法は限られているのが現状である。そのような背景から、当研究室では様々なタンパク質標識のためのアプローチがなされている。
我々のグループでは、分子認識化学をベースとしてタンパク質表面を人工分子によって認識・修飾するアプローチを試みている。ここでは、現在研究を進めている汎用的なタンパク質の標識・機能化法について紹介する。
細胞内におけるタンパク質の動態や局在をリアルタイムに蛍光可視化するバイオイメージングは生体機能の解明に不可欠な技術となっている(図1)。バイオイメージングにおいては、標的タンパク質の選択的な蛍光標識技術が必須であり、そのための新しい技術として『ペプチドタグ / 小分子プローブ』ペアを用いた標識法の研究をおこなっている。この標識手法は、天然には稀なアミノ酸配列を『ペプチドタグ』として標的タンパク質に遺伝子レベルで導入して発現させ、これと特異的に相互作用可能な小分子蛍光プローブによって蛍光標識するものである(図2)。この手法は、遺伝子工学に基づく高い汎用性と、化学的なツールを容易に導入可能であるといった利点を有する。
当研究室では、チロシンを基本骨格とした二核亜鉛(II)錯体 (Zn(II)-DpaTyr) が4連続アスパラギン酸 (D4-tag ; DDDD) と強い親和性を示すことを見出した(図3)。さらに相互作用部位を倍化させた Zn(II)-DpaTyr 錯体ダイマーではマルチバレント効果により連続D4タグ ((D4)2-tag ; DDDD-G-DDDD) とKd = 55 nM という高い結合能が得られることを明らかとした(図4)。
次に、このペプチドタグシステムをタンパク質のバイオイメージングへと応用した。細胞外領域に連続D4-tag配列((D4)3-tag)を有する膜受容体(ムスカリン感受性アセチルコリン受容体=mAChR)をCHO細胞上に発現させ、この細胞を蛍光色素修飾した四核亜鉛(II)錯体プローブ(Cy5-DpaTyr dimer)で染色したところ、細胞表層の受容体を選択的に蛍光標識していることが明らかとなった(図5)。これにより、「D4タグ/ Zn(II)-DpaTyr」ペアを用いた蛍光イメージングが可能であることが明らかになった。
参考文献
A. Ojida, K. Honda, D. Shinmi, S. Kiyonaka, Y. Mori, I. Hamachi, J. Am. Chem. Soc., 128, 10452-10459(2006)
前節で紹介した「D4/DpaTyr-2Zn(Ⅱ)」ペアを用いることで、標的タンパク質のみを選択的に蛍光検出することも可能である。例えば、(D4)2-tagを導入したタンパク質((D4)2-tag RNase)に対して蛍光色素としてpH応答性蛍光色素であるSNARFを導入したSNARF-DpaTyr-2Zn(Ⅱ)を用いた場合、(D4)2-tag RNaseを選択的に認識すると同時に、蛍光波長が長波長側に変化する蛍光レシオ型の機能を付与することが出来た(図6)。
また、蛍光色素としてPyreneを用いたPyrene-DpaTyr-2Zn(Ⅱ)を加えた場合でも、(D4)2-tag RNaseのみを、Pyreneのエキサイマー蛍光によって目視で検出することに成功した。これは2つのプローブがそれぞれタグ配列中の2カ所のD4部位に配位することに伴いPyreneのエキサイマー蛍光を発することを利用している。なお本研究の成果は、英文誌「ChemBioChem」の表紙に採用された。
参考文献
Kei Honda, Eiji Nakata, Akio Ojida, Itaru Hamachi, Chem. Commun., 38, 4024-4026(2006)
Kei Honda, Sho-hei Fujishima, Akio Ojida, and Itaru Hamachi, ChemBioChem, 8, 12, 1370-1372(2007)
前節までに紹介した配位化学によるラベル化システムでは、分子認識のみに選択性を頼っていたために、目指すべき生体システムのような夾雑系への適用では、選択性・結合の安定性に改善が必要であった。そこで、我々はこれまでの配位化学による標識法を拡張し、1)分子認識化学による選択性に加えて、2)反応性アミノ酸への化学修飾反応の選択性を組み合わせることで、高い選択性と強固な共有結合を合わせ持つタンパク質修飾技術『Reactive Tag System』を開発した(図8)。
このラベル化システムでは、選択性と反応性の双方を確保するため、プローブの反応部位とタグ配列の最適化をおこなった。その結果、クロロアセチル基をもつDpaTyr/2ZnがCys-(Ala)6-(Asp)4タグと迅速に共有結合標識可能であることが明らかになった。実際に、このシステムをタンパク質に対して適用することで、様々なタンパク質共存下や大腸菌細胞内での標的タンパク質の選択的な共有結合修飾に成功した。
参考文献
Hiroshi Nonaka, Shinya Tsukiji, Akio Ojida, Itaru Hamachi, J. Am. Chem. Soc., 129, 15777-15779(2007)